
里と街をつなぐ、あたらしい公共性
江坂ひとときプロジェクト
建築は物が流れ、人が集うことから生まれる。生産地と消費地の関係を見つめ直すべく、まずは里山に向かった。敷地から最も近い北摂の森を訪ねると、そこでは、広葉樹の林業が行われていた。住宅需要を支えるために針葉樹を植林してきた林業から、自生の森に戻すための広葉樹の林業である。里山で行われていることを街に伝え、街と里山での人の営みをつなぐ。現代では他に例を見ない、広葉樹を柱にした、森から直接生まれたような木造の架構を構想した。そしてそこに人を集め、居場所をみんなでつくる。このプロジェクトでは、建築をつくると同時に街の人たちに呼びかけ、場所の活用の仕方やしつらえを共につくってきた。地域の大人や子どもたちとワークショップを行い芝生広場や縁台ができ上がり、今後もビオトープや畑をつくっていくことを企画している。ここでは街と里山の新たな循環が生まれている。

HISTORY
大阪の二つの町。高密度な江坂町と里山が残る能勢・豊能町
高密度な都市空間・江坂町 大阪・吹田市の江坂は、梅田や新大阪に近く交通利便性が高い。1970 年の大阪万博開催に向け、50~60 年代に周辺の交通インフラが整備され、急激に人口が増加した。 里山の風景が残る能勢・豊能町 一方、能勢町・豊能町は大阪の北部の、里山の風景が残る中山間地域。古くから能勢街道をはじめとした街道で大阪の市街地と結ばれ、農作物や木材などを供給していた。

LOCATION
街の課題と里の課題
吹田市の人口は、今なお増えている。便利な街である反面、高密度な都市ではゆとりや自然に触れる機会が少ないのが現状である。 能勢町は2000 年以降急激な人口減少の問題を抱えている。高齢化が進み、農業や林業などの一次産業が衰退し、里山を維持してきた仕組みが成り立たなくなりつつある。里山の魅力と課題はなかなか地域の外に伝わっていない。

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大阪の森林と里山の現状
広葉樹の林業が持つ可能性
府内最大7700ha・能勢町の森林 大阪府の面積のうち3割が森林であり、なかでも能勢町は、府内で最も大きい約7700haの森林を有す。能勢の森林は、約36% がスギ・ヒノキなどの人工林で、残りの64%がアカマツ、クヌギ、コナラを主とした雑木林だ。 山が放置される、林業の課題 高度成長期以降、薪や木炭から石油、電力、ガスへとエネルギー源が移行し、里山の役割が徐々に薄れ、林が放置されるように。伐採利用されず木が高齢大径化すると、下層の植生が乏しくなる。野生動物が市街地に降り、農作物や人に被害を出す例が急増している。 里山を回生する広葉樹の林業 大阪府森林組合では、クヌギやコナラなどの雑木林を少しずつ伐採、萌芽更新し、搬出して利用することで、本来あるべき里山の再生を進めている。
DETAIL

木を直接届け、里と街をつなぐ
日本における木材の流通は複雑である。森で木を切る人と木を使う人との距離が遠く、どの山の木なのかもわからない。今回は、山と街をつなげるため、使用する木材は自ら採り行くべきだと考えた。

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山に入って直接木を選ぶ
能勢・豊能の林業の取り組みを伝えるため、柱として広葉樹の皮付き丸太を使うこととした。木の形や状態を直接確認するため、建築家と構造家が山に行った。

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広葉樹丸太を選定する
寸法や乾燥の仕方、加工の方法、広葉樹らしさ、曲がり具合、キズやコブの様子を見て選定した。

広葉樹の丸太柱と方杖による一列柱のやじろべえ構造
広葉樹の不確実さを許容する
強度は十分だが、構造材として一般的ではない広葉樹を使用するため、簡素で単純な構造体を計画した。

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広葉樹丸太の水分を抜くという課題
広葉樹の丸太を構造材として使うには、木材内の水分量を適切な基準まで落とす必要があるが、天然乾燥させるには、時間がかかる。多様で比重の高い広葉樹を短期間で人工乾燥させる技術は、まだ確立していない。

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熱化学還元処理で、木材を安定させる
木材の水分量を落とす方法を模索する中、 「熱化学還元処理」という技術の存在を知った。木材を丸ごとくん煙で熱することで、形状と寸法を安定させる方法である。野村隆哉研究所を訪れ、木材に熱化学還元処理をを行った。

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名古屋大学大学院での測定
広葉樹が構造体として十分な強度を持つのか、また熱化学還元処理の影響がないかどうか、名古屋大学大学院生命農学研究科木材工学研究室の山﨑真理子先生に協力を仰ぎ、木材の強度を測定をした。結果、十分な強度を持つことがわかった。

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建物と場を、並行してつくる
このプロジェクトでは、建築をつくると同時に街の人たちに呼びかけ、場所の活用の仕方やしつらえを共につくってきた。 工事が進む現場の横で、地域の大人や子どもたちと共に、芝貼りやウッドデッキの縁台づくりのワークショップを行った。

あたらしい公共性を目指して
行政と連携する公共的民間プロジェクト
江坂ひとときでは、公共性の高い民間のプロジェクトを立ち上げ、推進するために行政とも連携し、街の人々・里山の人々も 含めた交流の仕組みづくりを行っている。
- 用途 飲食店+ものづくりワークショップ、芝生広場
- 構造 木造方杖構造(クヌギ、コナラ)
- 環境性能 ZEB(Net Zero Energy Building)
- 敷地面積 853.76 ㎡
- 建築面積 173.71 ㎡
- 延床面積 120.30 ㎡
- 建築設計 蘆田暢人建築設計事務所
- 構造設計 山田憲明構造設計事務所
- ランドスケープ スタジオゲンクマガイ
- 家具デザイン・制作 kamina & C
- 施工 一級建築士事務所山本工務店
- 大工 安田工匠
- 協力 大阪府森林組合豊能支店
- 写真 大竹央祐(*を除く)