雪を回生し、時間の襞を設計する

ryugon

築約40年の温泉旅館「龍言」のリブランディングプロジェクト。雪国の伝統的な古民家を移築してつくられたこの旅館を、建物が持つ良さを引き継ぎながら新しく再生することが求められた。
この場所は世界でも有数の豪雪地帯である。これまでは雪はやっかいなものとして捉えられてきたが、雪国でしか得ることのできない、自然から与えられた恵みとして捉え直して活かす、この場所ならではの新しいサスティナブルな旅館をつくることを目指した。古い建物を活かすため、新しく刷新していくのではなく、余分なものを徹底的に引くことによって元々持っている豊かな環境との界面を増やし、豊かな時間との接点を増やすことを試みた。
建物を設計するだけでなく、対面する森を取り戻すプロジェクト、旅を通して地域とのつながりを生み出すことなどに取り組んでいる。

HISTORY

雪と共にある建物と庭

この建物は19世紀に建てられた雪国の農家を、何度かにわたって移築してつくられている。その中には国の登録有形文化財になっている部分もあり、日本の豪雪地帯の伝統的な建築様式である。大庭園を挟んで対峙する坂戸山も同じく、国の指定文化財である。 この大庭園は、ただ美しい景観のためにつくられたものではない。屋根から落ちてくる雪を消す役割を持っている。この地域は多雪地域であるが冬季にさほど気温が下がることがないため、池を使って雪を消すことができるのである。

LOCATION

まちと自然の境界に在る敷地

この敷地は新潟県南魚沼市にある。冬には積雪が3mを超える豪雪地帯であり、日本有数の米どころでもある。雪がもたらす春の雪解け水がこの地域を支えてきた。市街地にもほど近く、周囲には田んぼが広がり民家が点在するが、向かいの坂戸山までもこの建物の敷地であるため、この建物の中に一足踏み入れると、まちの喧騒からは遮断される。

DETAIL

PLANNING

地域と旅人を結ぶ、グラデーショナルな空間構成

旅館やホテルは地域のショールームである。来訪者がこの地域を知るきっかけであると同時に、地域を表象し、ここを媒介にして地域の内外の交流を生み出す施設でもある。「地域と共生する」ホテルとしての ryugon の姿を実現するために、まちから遮断された異世界をつくるのではなく、周辺環境やこの地域の生活を豊かに感じることのできる空間とプログラムを、パブリック / コモン / プライベートのグラデーショナルな構成によって構築した。

PUBLIC SPACE

街と接するパブリックスペースには、地域の人も訪れるカフェやショップを設け、この地域の伝統料理に詳しい地域の方々と一緒に料理体験ができる土間を配している。

COMMON SPACE

地元の人による三味線や民謡などを聞け、ここでしか飲めないお酒をスタッフと会話をしながら楽しめるなど、コミュニケーションが生まれる空間。国の登録有形文化財に指定されている建屋を中心とした空間。

PRIVATE SPACE

客室などの宿泊者のための場所。部屋を取り囲む豊かな自然環境とつながる贅沢な空間。古民家を移築して造られていた旧龍言の古き良さを残したCLASSIC 棟、新たに大きくリノベーションした VILLA 棟の2種類の客室。

LANDSCAPE

豊かな水と山とつながるランドスケープ

南魚沼の地域は、水が豊富にある。それが日本有数の米どころたる所以である。龍言では、その豊かな水を井戸水として利用し、大きな池があった。新たに水盤を設け、池の水位と流れを丁寧にコントロールすることで、建物と水との関係を強化した。これにより、屋根から落ちる雪も溶かすことができる。半外部空間を可能な限り設けたことで、雪や冬に対して閉ざされていた龍言が、豊かな自然環境、鳥や虫の声、風の流れなどを感じられる ryugon へ生まれ変わった。

廊下の外部化

窓もなく閉ざされた廊下を外部化して、周辺環境とのつながりを感じられるように意図した。雪が吹き込むことをあえて顕在化した。外廊下沿いに水盤を設け、長い廊下を歩くことで VILLA 棟へと向かう豊かな時間を生み出した。

エントランスアプローチの借景

坂戸山を背後の借景に抱くエントランスアプローチを、余計な要素を排して坂戸山への軸線を強調し、ryugon のシンボルとなる空間として新たに整備した。

半屋外空間の挿入

客室のテラスやアウトドアラウンジなど、半屋外空間を池や坂戸山に隣接して設けた。テラスを設けることで建物は水に浮かんでいるような様相を呈している。

COMMUNICATION DESIGN

ryugonの森

ryugonの森は何十年もの間放置され、手付かずの状態であった。この森は、元々広葉樹の森であり、その中に杉が植林されていた。密になりすぎた杉は細く、長く育ち、土地の光を遮りながら大きく成長し、土地は一年中暗く、日の当たらない環境になっていた。植物もシダ類やコケ類などが多く、風通しも悪い森が広がり、ryugonの建物自体も日陰にさらされていた。杉は建築材を目的として人の手によって植えられたもの。本来あるべき森の姿に戻すことを、このプロジェクトにおけるランドスケープデザインと捉えた。森の再生には時間がかかる。その時間をデザインするために、絵本を製作し、間伐と植樹を行うことによって、地域の人や宿泊客を巻き込んだ、森のためのコミュニケーションデザインを構築した。

生物種の保存

2022年現在で13種の生物種を観察した。 2026年までに20種の生物 と50種の植物を観察できる庭園にする。

間伐

2019年6月に140本の杉の間伐を行った。 2021年に約1000本あった杉を、2026年までに500本程度に減らす。

植樹

坂戸山に自生する広葉樹を、2026年までに50本植樹する。

  • 所在地 新潟県南魚沼市坂戸1-6
  • 用途 ホテル
  • 規模 地上2階
  • 構造 木造、一部鉄骨造
  • 敷地面積 13,755.06㎡
  • 延床面積 4,579.74㎡
  • 設計監理:建築 蘆田暢人建築設計事務所 
    担当:蘆田暢人、野田歩夢、張賀鈞
  • 設計監理:ランドスケープ stgk  担当:熊谷玄、宮本潤、中村覚
    TREEFORTE 担当:石川洋一郎
  • 設計監理:照明 LIGHTDESIGN INC. 
    担当:東海林弘靖、黒田茜
  • 設計監理:家具 ようび 
    担当:大島正幸、山田千裕、斉藤丈史
  • 施工 森下組 
    担当:大口祐樹、羽賀時男、川内翔太
  • 施工 高橋建設 
    担当:井澤忠勝、石川浩久
  • 施工 萬装
    担当:井口司
  • 写真 繁田諭

地形データの画像は『3Dカシミール』 http://www.kashmir3d.com/ で作成しています。