不在と記憶の余白をつくり、想いをつむぐ

hotel nansui

坂本龍馬の生家があった地に、50年ほど営業を続けてきたホテル南水という高知の老舗ホテルのブランディングプロジェクト。龍馬の生家とは言えその面影は残存せず、偉人であるがゆえにゆかりのものは全て博物館に収蔵されている。
龍馬の不在と場所の記憶からその余白をデザインし、来訪者が自らの想いをその余白に重ねられるような空間を提案した。ここでは、龍馬の具体的な何かを表現していない。龍馬が見た世界や景色、趣向や考えたことなど、その不在の形象と向き合い、対話を重ねながら、内外装や家具のデザインをまとめた。鍵となったのは文様である。唯一記号のみが残存する形象であり、装飾的な要素としての文様は当時と変わらない。変わらない形象のみを龍馬の記憶として使用し、形のないものは不在のまま余白として、来訪者の想いに委ねている。

HISTORY

坂本龍馬の生誕地という特別な場所

1970年に開業した「龍馬の宿 南水」は坂本龍馬の生誕地に建つ、特別な場所として地元の人や龍馬ファンなどに愛されてきた。そのホテルがコロナ禍を経て、リブランディングすることとなった。坂本龍馬は日本史上の偉人の中でもその存在は際立っている。その考え方や未来への眼差しは数多くの人を魅了し、影響を与えてきた。ここには生誕地であることを示す碑が設けられ、誕生日でもあり、命日でもある11月15日には生誕祭が行われている。しかし、ここには龍馬の痕跡は何も存在しない。生誕地であるという事実のみが残るこの場所で、それを大切に受け継ぎ、龍馬へ想いを馳せ、未来へとつなげるホテルを作りたいというオーナーの想いからこのプロジェクトは始まった。

LOCATION

高知城下、鏡川と筆山を望む地

1601年高知城の築城とともに城下町の建設が始められた。土佐藩には上士・下士という身分制度があり、城を中心とした上士が住む場所としての郭中がつくられ、その東西に下士や町人が住む上町と下町が形成された。坂本家は上町に居を構えていた。上町は南に鏡川が流れ、その先に筆山や皿ヶ峰を望む景色豊かな場所であり、江戸時代の町割りが現在も感じられる地区である。鏡川は龍馬が少年時代泳いでいたと言われている。

DETAIL

PLANNING

場所の歴史を地域に開く

龍馬の生誕地である象徴的なこの場所を、地域に開くために1階を開放し、ホテルのロビーを7階に設けた。1階はイベントや高知のお酒文化である「おきゃく」などに使える交流スペース「オキャクバ」や宴会室など地域の人たちが利用できるスペースとしている。また龍馬に想いを馳せることができる献花台を象徴的に設けている。

三層構成のレイアウト

地域に開かれた1階からホテルに向かう高揚感と距離感を演出するためロビーを最上階に設けた。7階と屋上のコモンスペースは、高知城や筆山や皿ヶ峰などの豊かな風景を楽しめ、宿泊客が自由に使うことのできる空間となっている。

オキャクバ

1階の交流スペース「オキャクバ」はホテルの歴史を感じられるよう、コンクリートの架構を建設当時の姿のままあらわしにしている。枡をかたどった箱状のユニットを組み合わせることで、スツールからハイテーブルまで様々なレイアウトが可能になる。

宴会室

高知のお酒文化を支えるため、宿泊客だけでなく、地域の人が利用できる特別な宴会室を1階に設けている。壁には土佐漆喰を使用した上質な空間とし、オキャクバのラフさと対比させた、2種類のお酒のための空間を用意した。

DESIGN

変わらない記号としての文様

龍馬の生きた時代から変わらずに現代に受け継がれているもの。それは何かを模索することからこのプロジェクトの設計を始めた。モノとしてこの場所に残るものはないが、人の想いは紡がれ、そして記号は歴史の継承として受け継がれている。ファサードや客室のヘッドボードなど建物内いたるところに配した幾何学的パターンのような文様は、坂本家の家紋をベースにデザインしたものである。nansuiでは文様を手がかりに内装や家具のデザインを行った。

青海波

ダイニングの家具には青海波が彫り込まれている。龍馬は桂浜から海を、その先の世界を見ていた。そして海援隊を結成し、海へと活動の幅を広げていった。海を記号化した青海波を、ここではデザインのヴォキャブラリーとして使用している。

The Hat

ダイニングの大行灯は近年発見された「The Hat」と呼ばれる、繰り返しパターンを作らず、鏡像なしで、2次元の表面を無限に敷き詰めることができる単一の非周期タイルでつくられている。新し物好きであった龍馬の精神を汲みとったデザインである。

龍馬の書いた文字

客室エントランスには、近年発見された龍馬の手紙から抜き出した一文字をそれぞれの部屋にあしらっている。手紙の原本をトレースしてデジタルデータ化したものである。龍馬の息吹を感じられる、ここでしか実現できないアートワークである。

Artwork

龍馬が見たであろう世界を探る

館内に点在するアートワークは、ようび 大島正幸氏のディレクションによるものである。あくまでこの建築はホテルであって、博物館ではない。龍馬にまつわる事柄を語る説明的なオブジェクトではなく、龍馬が見た世界を、現代に生きる私たちが想像できるような龍馬が生きた時代から現代においても変わらないものを描くことを試みた。例えば、当時から変わらない風景や、江戸時代に描かれ龍馬が見たであろう世界地図などをアートワークとして散りばめた。

  • 用途 ホテル
  • 構造 RC造
  • 規模 地上8階
  • 敷地面積 631.33㎡
  • 建築面積 509.40㎡
  • 延床面積 3,106.03㎡
  • 建築・内装設計監理 蘆田暢人建築設計事務所
    担当:蘆田暢人、高橋祐亮、張賀鈞
  • プロジェクトマネジメント リテラタス
    担当:池村友浩
  • ホテル運営コンサルタント ホロニック
    担当:長田一郎、宮本由香
  • 耐震改修計画 清水良太構造デザインスタジオ
    担当:清水良太
  • 照明計画 ライティング プランナーズ アソシエーツ
    担当:瀬川佐知子、渡邊元樹
  • 家具・アート・サイン ようび
    担当:大島正幸、土倉那菜
  • 建築・内装施工 和建設
    担当:佃裕彦、西山育夫、青木達也、橋田和則
  • 設備設計・施工 四電工
    担当:美島隆秀、野村真矢、恒石大貴
  • 写真 繁田諭

※地図は、高知県立図書館所蔵「高知市街全図」(河田小龍/筆)の一部を掲載しています。